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人気ドラマ「ダウントン・アビー」の舞台、ハイクレア城について
NHK総合の英国テレビドラマ「ダウントン・アビー 華麗なる英国貴族の館」が大人気です。
そのダウントン・アビーの舞台、ロケ地として有名となったのがハイクレア城です。
MEOWTON Abbey Photo by Frank Cone
今回は、NHKのドキュメンタリー「ハイクレア城の秘密」で放送されたハイクレア城の現在の姿を紹介します。
ハイクレア城は300年にわたり王族や貴族などの著名人を受け入れてきた荘厳な空間で、長い歴史も刻まれています。
ハイクレア城はロンドンから西100kmに位置するイギリス有数の大邸宅です。
敷地はおよそ20k㎡です。
かつてイギリスでは貴族が財力を示すために田園地帯に大邸宅を建てました。
ハイクレア城もその一つです。
ハイクレア城には今でも伯爵夫妻が住んでいます。
カナーヴォン家は300年にわたってこの城に住み続けてきました。
現在の当主は第8代カナーヴォン伯爵夫妻で今も城に住んでいます。
ダウントン・アビーのカーソンのような執事も働いています。
カナーヴォン家は300年にわたってこの城に住み続けてきました。
第8代カナーヴォン伯爵、ジョージ・ハーバート氏によると
「一族がこの土地の所有者になったのはチャールズ2世の時代、17世紀後半のこと」だそうです。
現在のカナーヴォン伯爵が、爵位とこの土地を相続したのは2001年でした。
会計士だった奥様、フィオナ・ハーバートさんは、結婚後わずか2年で伯爵夫人となりました。
フィオナさんが1972年にハイクレア城を訪れた時はただの招待客でした。
その後2年ほどつきあって、カナーヴォン伯爵と結婚しました。まさか、自分が伯爵夫人となるとは夢にも思っていなかったそうです。
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[gads]伯爵夫人を待ち受けていたのは、大勢の使用人に囲まれた伝統的なイギリス貴族の暮らしでした。
最も多い時には総勢60人の使用人が伯爵家に仕えていました。今は、20人ほどの常勤スタッフが城を切り盛りしています。
カナーヴォン伯爵夫妻の役割は、城が今後も代々受け継がれていくために
長期的に守り管理することです。
ハイクレア城の維持費は、年間1億円以上です。
ドラマ「ダウントン・アビー」で城の知名度が高まり、貴重なチャンスが訪れてきています。
日々の生活費だけでなく、城の維持費も自分たちで稼がなくてはなりません。しかし、それだけのものを稼ぐのは大変です。
ダウントン・アビーで知られるようになり様々なビジネスチャンスが生まれているというのです。
ハイクレア城を訪れる観光客は年間6万人です。その大部分がダウントン・アビーの熱狂的なファンです。
城を訪れた方たちが、本物の伯爵夫妻が住んでいると知ると全員驚くそうです。
ハイクレア城 Highclere Castle Photo by Kevin Oliver
ハイクレア城の華麗なる部屋
ダウントン・アビーの脚本家、ジュリアン・フェローズ氏は、このハイクレア城をイメージして脚本を書きました。
フェローズ氏は、それぞれの部屋に意味をもたせています。
重厚感のある書斎(ライブラリー・ルーム)は、ドラマの主人公、グランサム伯爵が屋敷の運営について執事と話しあう重要な場面に登場します。
実際、この部屋は第4代伯爵の時代に応接室として使われていました。
歴代の伯爵夫人たちが好んで使っていた部屋はまばゆいほどの美しさがあります。現在は、応接室(ドローイング・ルーム)として伯爵夫妻のお気に入りの部屋です。
とても心地よい部屋で、夕食の前にドレスアップしてここで飲み物をいただくと心が落ち着いてくつろぐことができるそうです。
ダウントン・アビーの脚本家、ジュリアン・フェローズ夫妻も滞在中はここで寛いでいます。
ドラマにもこの応接室はしばしば登場しており、伯爵夫人のコーラが先代の伯爵夫人バイオレットと向い合って火花を散らしたりしていました。
また、コーラのお母さん役である女優のシャーリー・マクレーンもこの部屋に登場しました。
部屋に設えられた家具や調度品は一族の家宝として代々受け継がれてきました。
暖炉の上に飾られている肖像画は、初代カナーヴォン伯爵の子どもたちです。
そしてひときわ目を引くのが、19世紀から伝えられているグランドピアノです。1895年に製造されたスタインウェイです。
部屋の風格ある内装がドラマを支えていますが、ほぼ昔のままです。
ハイクレア城 Highclere Castle Photo by Andrew Sweeney
ハイクレア城の歴史と伝統がある調度品
さらにドラマの演出に欠かせないのが歴史ある調度品の数々です。
書棚にある書物の中には、ドラマの時代設定よりはるかに古い16世紀のものもあります。
150年前にオーク材で作られた大階段の美しい装飾は1年がかりで施されました。
ハイクレア城の大階段 Photo by Andrew Sweeney
1631年に第3代の伯爵がスペインから持ち帰った壁掛けや歴代の当主の紋章も並べられています。
今も時を刻む37台のアンティーク時計、ナポレオンが使用した机、それらを見守るバロック調の天井画など枚挙に暇がありません。
一族の肖像は、世界に誇る名作揃いです。
不吉な言い伝えも残されています。
初代カナーヴォン伯爵の祖母、マーガレット・ソーヤーの肖像画は移動すると一族に悲劇が起こるとされており300年間同じ場所に飾られてきました。
国王チャールズ一世の肖像画は、ファン・ダイクの傑作です。
ドラマには決して登場しない部屋が、伯爵がプライベートに使用する喫煙室(スモーキング・ルーム)です。
18世紀後半以降、イギリスの邸宅には男性専用の喫煙室が設けられました。
タバコを吸い、ゲームに興じながら男同士の会話に花を咲かせました。
この部屋の見所は、壁にかかっている油絵で、オランダの画家の作品が主です。
部屋の一角には、現伯爵の祖父、第6代カナーヴォン伯爵の写真が飾られています。
ハイクレア城のデザインは国会議事堂と同じ設計者
実は、ハイクレア城は1839年に改築されるまでは、3階建ての小さな目立つ建物ではありませんでした。
改築を任されたのは、チャールズ・バリー、ロンドンの国会議事堂を設計した建築家です。
バリーが採用したのは、国会議事堂と同じゴシック・リバイバル様式でした。
支配階級に相応しいデザインによって、平凡な建物に堂々とした風格が与えられ、ハイクレア城として生まれ変わりました。
庭園もイギリス式風景庭園
庭園も一新されました。
18世紀、イギリスで最も有名な造園家、ランスロット・ブラウンは幾何学模様の庭園を取り壊し自然と調和した優美な景観を作りました。
庭園にさらに加えられたのが、フォリーと呼ばれるギリシア神殿風などの素敵な建物たちです。カナーヴォン家の先祖がヨーロッパの旅で見た古代の遺跡からヒントを得て設計されました。
1737年に建てられた「天国の門」、柱が印象的な「カラスの城」は1743年のものです。そして城の北西、湖を見下ろす「女神ディアナの神殿」などです。
カラスの城 Photo by Gill Griffin
広大な城の敷地には、訪れるものを魅了する工夫が随所にあります。
城まで続くのは、1.6kmの車道です。迎えてくれるのは初代伯爵が植えた56本の樹齢300年のレバノン杉です。
菩提樹の並木道は、第6代カナーヴォン伯爵が生まれた1896年に植えられました。
しかし、上がり続ける維持費と税金のために、広大な敷地を保有し続けることが年々難しくなってきており多くの邸宅と同様、ハイクレア城も土地の一部を手放してきており、昔より少し狭くなりました。
なお、ロンドンからダウントン・アビーのロケ地を巡るバスツアー等がありますので、興味のある方は検討してみてください。